F-14のレーダーAN/AWG-9は最大探知距離が200kmを超える画期的な高性能レーダーである。操作は後部座席のレーダー迎撃士官が行う。AN/AWG-9は最大で24目標を同時追尾、そのうち6目標へAIM-54フェニックスを発射し同時攻撃する能力がある。フライト制御用コンピュータには最初期のマイクロプロセッサであるGarrett AiResearch製Central Air Data Computer(CADC)が採用された。
武器の発射(および各種オプション機器の操作)は基本的には後席のレーダー迎撃士官が行い、前席のパイロットは操縦に専念することで乗員の負担を分配している。しかし機関砲やサイドワインダーの様な短距離ミサイルは前席からのみである。前席からの全面的な火器の操作も可能ではあるが、通常はこの様に行う。これはF-4、後継機のF/A-18の複座形でも同じである。
発艦したF-14F-14の大きな特徴の一つとして可変翼が挙げられる。これは、飛行中に速度によって最適な後退角に主翼角度を変えられるようになっているもので、F-111から引き継いだものである。F-111のそれは巡航飛行時にパイロットが手動で角度を変更するものだが、F-14ではさらに進歩して、自動的に後退角度が変更可能となっている。この自動制御は単に操縦の利便のみならず、加速時には後退角度を大きくして抵抗を減らし、旋回時には後退角度を小さくし翼幅を広げて旋回半径を小さくする効果があり、F-111と比較しても一段と性能向上している。
F-4戦闘機(J型)との比較でも、加速性能で45%、旋回半径で40%、旋回率で64%向上しており、この値は推力重量比や翼面荷重の比較値を上回っており、可変後退翼による性能向上効果の高さがわかる。
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後退モード切替スイッチはスロットルレバー側面にあり、自動にしておくと、MSP(Mach Sweep Programer)が同圧に応じて、マッハ0.4までは20度から線形に後退し14,000ft以下の低空では0.6付近で約25度となり、そこから変化が急になり1.0付近で68度となる。20,000ft以上では0.7付近で約22度となり、1.0付近で68度となる。なお、MSPによる最大角制限の下で自由に後退角を変更することができる。また、非常用レバーにより、20度、55度、68度、75度に設定できる。75度を使えるのは足に加重がかかっている時のみとされていて、飛行時には用いない。F/A-18等の主翼折りたたみ機構のように、空母上での収納スペース節約・取扱いを容易にするためのモードである。
イラク戦争に参加するF-14B編隊
主翼を大きく開いているF-111ではスチール製ピボットでひび割れが多発したため、F-14では強度を確保した上で重量を抑えるためにチタンを真空中で電子ビーム溶接するという当時では非常に高度な技術を採用した結果、素材と技術の両面で高コストを招いた。
可変翼機は速度に応じて最適の揚抗比を得ることができるものの、可動機構の複雑さや、可動部品、特にピボットの強度確保の必要性等の面から、重量・工数など諸コストの上昇を招くため、トーネード以降、採用は途絶えている。
当初F-14ではもう一つの可変翼として主翼前縁のグローブベーンを展開するようになっていた。これはマッハ1.4以上になると主翼前縁付け根から展開される小翼で、超音速飛行で揚力中心が後退するのを打ち消す狙いがあった。マッハ1.0?1.4では手動で操作でき、また、空戦モードにしておくと空戦フラップと連動して迎角とマッハ数に応じて作動した。さらには後退角55度の爆撃モードでは全開となった。しかし飛行特性にほとんど影響を与えないことがわかり、A型機の運用当時では封印され、B型およびD型機では搭載ウェポンとの干渉をなくすために廃止されている[9]。
愛称
愛称の由来は、可変翼の動きが猫の耳の動きに似ていることから名づけられた。かつてグラマン製戦闘機にシリーズ的に名付けられていた、猫もしくはネコ科の動物が含まれる愛称とは、直接は連続したものではない。しかし、ファンや趣味の世界では、F4Fワイルドキャットから一連する『?Cat』の名を持つグラマン製艦上戦闘機の末弟と位置づけられることも多い。
退役記念として、コンフィデレートエアフォース所属のF4F(正確にはゼネラルモーターズ製FM)、F6F、F8Fとの併走飛行を行ったことがある。F-14は失速直前でフラップを下ろした状態、逆にF4Fはほぼ全開出力での飛行だった。
エンジンノズル
エアインテーク
AIM-54フル装備状態
F-14Dに備わるLANTIRN
機体下面(F-14D)
F-14Aの操縦席
TID
改修
対地攻撃能力の付加
F-14は、当初搭載されたレーダーの能力などから空対空戦闘のみを考慮された戦闘機だったが、航続距離が長いことや搭載能力に余裕があるなどの利点があった。
湾岸戦争でのA-6の損耗率の高さと、後継機として開発されていたA-12やその代価案であるA-6Fの開発が中止されたことにより、A-6引退とF/A-18E/Fスーパーホーネット配備までのつなぎとして、F-14の右主翼付け根のパイロンに、LANTIRNポッド(F-15EやF-16に搭載されているものにGPSとの連動機能を追加する改修が行われている)を装備して対地攻撃能力を付与させることにした。
これの改修によりポッド搭載のみでレーザー誘導爆弾などの使用が可能となった。この対地攻撃能力が付与されたタイプのことをボムキャットと呼ぶこともある。
偵察能力
F-14は偵察ポッド(TARPS)を装備し偵察任務にも使用されている。RF-8の退役後、アメリカ海軍では専用の戦術偵察機がなくF-14はそれの重要な一端を担っている。1990年代から始まった航空団と飛行隊のリストラではTARPSとLANTIRNを装備しない飛行隊から解体・機種転換されていったことから、これらのポッドによってF-14が延命できたともいえる。
ちなみに、TARPSを装備した機体には「ピーピング・トム」の別称があり、カメラを構えたトムをデザインした専用パッチもある。
要撃機型
上述の通りF-14は艦隊防空に特化した戦闘機であり、通常の陸上要撃機としてもその能力は高いと推測される。そのため、老朽化したF-106戦闘機に代わる要撃機としての採用が検討され、F-15と採用を争ったが結局どちらにも決まらなかった。結果としてはF-106の退役に伴い、なし崩し的にF-15およびF-16が要撃任務を引き継いでいる。
スーパートムキャット21計画
1990年代前半に、アフターバーナーの使用なしでのマッハ1の巡航飛行(スーパークルーズ)が可能なエンジンの搭載やステルス性の付加、さらには改良型電子装置の搭載や本格的な対地攻撃能力の追加などにより、21世紀にも通用する戦闘機として、本機の発達改良型である"スーパートムキャット21"や"アタック・スーパートムキャット21"などが計画された。これは、1980年代後期から1990年代前半にかけて開発・導入が検討されていた空軍のYF-22をベースに、主翼をF-14と同じく可変翼とした海軍の発達型艦上戦術戦闘機・NATF(F-22N)や、A-6E艦上攻撃機の後継機として計画されたA-12ステルス艦上攻撃機の開発が最終的に中止されたことを受けたためである。
しかし、F/A-18の拡大改良型であるF/A-18E/FスーパーホーネットがF-14の後継機として採用されたことにより、最終的に"スーパートムキャット21"などの開発は中止された。
位置に就いたF-14ベトナム戦争では、1973年にアメリカ軍が撤退した後に配備されたために、1975年4月にアメリカ海軍と海兵隊が中心になって行われたアメリカ民間人のサイゴン撤退作戦のための上空支援に使用されたのみとなった。
1981年の対リビア作戦で初の戦果をあげており、原子力空母ニミッツから発艦したF-14が地中海シドラ湾上空で2機のリビア空軍Su-22M(シドラ湾事件 (1981年))を、1989年1月にも同じく2機のリビア空軍機MiG-23ML(シドラ湾事件 (1989年))を撃墜している。
1983年のレバノン内戦への介入、および1986年4月のベンガジとトリポリへの侵攻(リビア爆撃 (1986年))を援護。作戦活動中に偵察を行った。
1991年の湾岸戦争では大規模な空中戦は行われなかったが、イラク軍Mi-8ヘリコプターを撃墜している。一方でイラク軍の地対空ミサイルで撃墜されている。
1993年からバルカン上空で、戦闘空中哨戒(CAP)および偵察を実施、1995年に初の爆撃を行った。コソボ紛争でもF-14が高速前線航空統制および爆撃を実施した。
2001年のアフガニスタン戦争では作戦の中心となり、前線航空統制(FAC)や、燃料積載量が少なく奥地まで飛行できないF/A-18Cの代わりに、F-14が誘導爆弾などを投下し、多数の戦果を上げている。
2003年のイラク戦争でも、誘導爆弾などを投下し戦果を上げた。
VF-84 ジョリーロジャースは1976年にF-4からF-14Aへと交代した
VF-142 ゴーストライダースのF-14A
第143戦闘飛行隊のF-14とF/A-18E(2005年)現在は保守・整備の容易さと多用途性などに由来する費用対効果面からF/A-18E/F戦闘攻撃機への機種転換を進め、最後に残った戦闘部隊VF-31トムキャッターズも2006年9月22日に解隊したため、アメリカ海軍のF-14は全機が完全退役している。
アメリカ海軍太平洋艦隊
海軍戦闘機兵器学校(NFWS:Navy Fighter Weapons School)通称:トップガン-1996年に海軍打撃作戦センター(NSWC)に吸収される形で海軍打撃・航空作戦センター(NSAWC)として再編成
第1戦闘飛行隊(VF-1 Wolfpack)-1993年9月30日全機退役
第2戦闘飛行隊(VF-2 Bounty Hunters)-2003年7月1日にF/A-18FによるVFA-2へ再編成
第21戦闘飛行隊(VF-21 Freelancers)- 1996年1月31日全機退役
第24戦闘飛行隊(VF-24 Fighting Renegades)- 1996年8月20日全機退役
第51戦闘飛行隊(VF-51 Screaming Eagles)- 1995年3月31日全機退役
第111戦闘飛行隊(VF-111 Sundowners)- 1995年3月31日全機退役(2005年にF-5FによるVFC-111 Redesignatedへ再編成)
第114戦闘飛行隊(VF-114 Aardvarks)-1993年4月30日全機退役
第124戦闘飛行隊(F-124 Gunfighters)-1994年9月30日全機退役
第154戦闘飛行隊(VF-154 Black Knights)-2003年10月1日にF/A-18FによるVFA-154 Redesignatedへ再編成
第191戦闘飛行隊(VF-191 Satan's Kittens)-1988年4月30日全機退役
第194戦闘飛行隊(VF-194 Red Lightnings)-1988年4月30日全機退役
第201戦闘飛行隊(VF-201 Hunters)-1999年1月1日にF/A-18AによるVFA-201 Redesignatedへ再編成
第202戦闘飛行隊(VF-202 Superheats)-1999年12月31日全機退役
第301戦闘飛行隊(VF-301 Devil's Disciples)-1994年9月11日全機退役
第302戦闘飛行隊(VF-302 Stallions)-1994年9月11日全機退役
アメリカ海軍大西洋艦隊
第14戦闘飛行隊(VF-14 Tophatters)-2001年12月1日にF/A-18EによるVFA-14へ再編成
第31戦闘飛行隊(VF-31 Tomcatters)- 2006年10月にF/A-18EによるVFA-31へ再編成
第32戦闘飛行隊(VF-32 Swordsmen)-2005年10月1日にF/A-18FによるVFA-32へ再編成
第33戦闘飛行隊(VF-33 Starfighters)-1993年10月1日全機退役
第41戦闘飛行隊(VF-41 Black Aces)-2001年12月1日にF/A-18FによるVFA-41へ再編成
第74戦闘飛行隊(VF-74 Bedevilers)-1994年4月30日全機退役
第84戦闘飛行隊(VF-84 Jolly Rogers)- 1995年10月1日全機退役
第101戦闘飛行隊(VF-101 Grim Reapers)- 2005年9月15日全機退役
第102戦闘飛行隊(VF-102 Diamondbacks)-2002年5月1日にF/A-18FによるVFA-102へ再編成
第103戦闘飛行隊(VF-103 Sluggers/Jolly Rogers)-2005年5月1日にF/A-18FによるVFA-103へ再編成
第142戦闘飛行隊(VF-142 Ghostriders)-1995年4月30日全機退役
第143戦闘飛行隊(VF-143 Pukin' Dogs)- 2005年前期にF/A-18EによるVFA-143へ再編成
第211戦闘飛行隊(VF-211 Fighting Checkmates)- 2004年10月1日にF/A-18FによるVFA-211へ再編成
第213戦闘飛行隊(VF-213 Black Lions)- 2006年5月にF/A-18FによるVFA-213へ再編成
試験評価飛行隊(Test and Evaluation Squadrons)
第4試験評価飛行隊(VX-4 Evaluators) -1994年9月30日に全機退役
第9試験評価飛行隊(VX-9 Vampires)-全機退役
第23評価飛行試験隊(VX-23 Salty Dogs)-全機退役
VF-31所属のF-14D(2006年)
VF-14所属機
ソ連空軍のTu-95爆撃機をインターセプトするF-14
キティホークから夜間発進するF-14A
エンタープライズ艦上のF-14(2001年)
カール・ヴィンソンから飛び立ったF-14
エイブラハム・リンカーンに着艦するF-14D
アメリカ以外での採用
グラマン社はアメリカ海軍での正式採用後、各国へセールスを行った。イラン空軍への採用(後述)を得たものの、そのコスト高や複座型艦上機であるが故に売り込みはうまく行かなかった。
日本の航空自衛隊でもかつて、第3次F-XでF-14を導入しようと検討していたこともあったが、比較評価の結果F-15に敗れ去った[10]。
その他、1970年代にはイスラエル、サウジアラビア、カナダ、スペイン、オーストラリアへのセールスを行なったが、いずれもF-15やF/A-18に採用を奪われた。
結局、アメリカ海軍以外にF-14を導入したのは、潤沢なオイルマネーで最新鋭兵器を買いあさっていたパーレビ王朝時代のイラン空軍のみとなった。
トップガン飛行隊の仮想敵機役でイラン空軍機を模倣した塗装が施されたF-14A
左後方よりパーレビ王朝政権下に、ソ連偵察機による領空侵犯対策として新型戦闘機の導入を計画。F-4の輸出実績があったマクドネル・ダグラス社のF-15との一騎打ちとなり、1974年6月にF-14Aの採用を決定する。当時は80機のF-14Aと共に、72基のAIM-54が発注された。
機体
イランが購入したのは一部の装備を外したF-14A仕様機だった。なお、イランのF-14Aは引渡し以来長い間いわゆる「デザート迷彩」を施していたが、近年、同国空軍のMiG-29同様の砂色と水色による迷彩に塗り替えられた機体も増えている。
現在の運用状況
その後の1979年1月に、反米的なルーホッラー・ホメイニーを指導者に行われたイラン革命によりアメリカは引渡し前の機体の差し止めと部品供給の停止を行い、補修部品の調達が困難となったイランでは同機の運用は困難となった。しかし、イラン・コントラ事件に絡んでイランのアメリカ製機は補修部品調達を受け続けたために稼動状態を保ち、F-14もイラン・イラク戦争で実戦使用された。
ロシアがAIM-54との引き換えで問題の多いF-14AのエンジンをSu-27用のものに交換する契約をしたとも伝えられたが、実際に実行されたのかは不明である。また、交換対象はAIM-54ではなくF-14本体だったという情報もある。少なくとも、ロシアからは戦力補強のためにMiG-29などが引き渡されている。また、イランのF-14はロシアや中華人民共和国製の対艦ミサイルなどを搭載できるいわゆる「ボムキャット」仕様に改修されていると言われる。不透明な点が多いが、エンジンや精密機器の部分を除いては、F-4やF-5ともども、交換部品の国産化が進められているとも言われる。
イランでは、F-14の後継と期待されたMiG-31やSu-27の購入が経済及び政治的な事情からできなかったため、現在でも貴重な防衛戦力として多数のF-14の維持に精力を注いでいる。数十機がロシアの支援により稼動状態にあり、パレードなどでの上空フライトパス以外にも、ときおり一般公開もされている模様である。しかし、F-14と同時に導入したAIM-54はイラン・イラク戦争でほとんど撃ち尽くしてしまったため、現在はホーク地対空ミサイルを改造して搭載している。
なお、アメリカ海軍退役後のF-14は、他の戦闘機の例に漏れず各地で展示されつつある。しかし、未だ運用を続けているイラン空軍への流出を防ぐため、レーダー・電子部品・エンジン等は完全撤去されてから引き渡されている。
配備部隊
第72飛行隊(72nd TFS)-1976年~1980年
第73飛行隊(73rd TFS)-1977年~1990年代半ば頃
第81飛行隊(81st TFS)-1977年より
第82飛行隊(82nd TFS)-1978年より
第83飛行隊(83rd TFS)-第73飛行隊より編成
型式
1969年から1991年までの期間に、総計で712機のF-14A/B/Dが製造された。グラマン社はF-14の発展型として、電子機器を換装し、全天候攻撃・偵察能力を持たせたF-14Cの新製を提案したが、計画段階で却下されている。実機にC型がないのはこのためであり、計画の仕様はD型に活用された。さらには、性能を落とした「F-14X」も計画したが、こちらも却下されている。[11]
VF-143所属のF-14AF-14A
基本型で478機がアメリカ海軍、79機がイラン空軍に引き渡された。
F-14BF-14B
上記のエンジンの問題にもあるように、F-14AのTF30エンジンは開発当初からその問題が指摘されていた。そのためエンジンの換装案がいくつか挙がっており、最終的にエンジンをF110-GE-400に換装したF-14A+(7号機がF-14Bを名乗っていた)が開発され、後にF-14Bと呼ばれるようになった[12]。
VF-103所属のF-14DF-14D
1990年には、レーダーをAN/APG-71に換装したF-14D型が開発された。これは新規で製造されたものとF-14Aを改修したものの2つのタイプがあるが、前者はF-14Dと呼び、後者はF-14D(R)と呼ばれる。B、Dとも最初は全てのA型を改修する予定だったが、冷戦の終結で製造費が安価で運用も柔軟なF/A-18戦闘攻撃機の導入が基本方針となり、改修も新造も大幅に規模が縮小された。
F-14B、F-14Dはスーパー・トムキャット(Super Tomcat)という非公式の愛称がつけられている。BおよびDはF110エンジンを搭載し、排出ノズルの形状がTF-30エンジンのAと異なるため、外見から判別可能である。
なお、国防総省は完成したF-14Dの方が性能が上であるにも関わらずコスト面からF-14Dの配備を認めず、安価で整備が容易とは言え性能の劣るF/A-18を主力配備することには海軍からとても根強い反対があった。しかし国防予算の都合、フル装備の重いF-14が着艦可能な空母が無い、既にF/A-18が配備されていた等の都合から、結局F-14Dは新製37機、A型からの改造18機の計55機にとどまった。
スペック
乗員: 2名(操縦士1名、レーダー操作官1名)
全長: 19.1 m
全幅
主翼後退角75度: 10.15 m
主翼後退角68度: 11.65 m
主翼後退角20度: 19.54 m
全高: 4.88 m
主翼面積: 52.5 m2
最大離陸重量時翼面荷重
F-14A: 611.42 kg/m2
F-14B/D: 642.36 kg/m2
空虚重量
F-14A: 18,191 kg
F-14B/D: 18,951 kg
最大離陸重量
F-14A: 32,100 kg
F-14B/D: 33,724 kg
燃料容量: 9,027 L(機内) / 1,011 L(増槽)×2
エンジン
F-14A: プラット&ホイットニー製 TF30-P-412A 又は414A ターボファンエンジン ×2
F-14B/D: ジェネラルエレクトリック製 F110-GE-400 ターボファンエンジン ×2
推力
F-14A: 5,600 kgf (クリーン)×2 / 9,479 kgf (オグメンタ)×2
F-14B/D: 7,300 kgf (クリーン)×2 / 12,520 kgf (アフターバーナー)×2
最大速度: マッハ 2.34
航続距離: 3220 km
兵装類機外最大搭載量: 6,577 kg
固定武装: M61A1 バルカン 20mm ガトリング砲 ×1(装弾数:675 発)